もう離れないから。
ずっと、ずっと。













○●一筋の涙












走って走った。
胸が苦しくなって肺が空気を求めても、足を止めることなく走り続ける。
二週間足を踏み入れなかった病院へ。



「・・・はぁっ・・はぁっ・・・ はっ!?」
「丸井君!」

取り乱してる のお母さんは上手く喋れなくて、看護婦さんが説明してくれた。




検診で病室に行くと、 がいなくなっていた。
ベッドの上には置き手紙。
「出かけてきます。」




俺は看護婦さんからその置き手紙を受け取った。
誘拐されたとかじゃない。
が自分から病院を抜け出したんだ。
だけど、

「あの子、今出歩ける身体じゃないのに・・・・っ!!」


そうだ。 の身体は本当に弱っている。
二週間前倒れて、集中治療室から出たとはいえ、あれから身体は弱っていってるはずなんだ。


「俺、心当たりとか探してきます!!」


心当たりなんてなかったけど。
そんなこと言ってられないんだ。
時間がない。
がどんな気持ちで病院を出たのか知らない。
俺は本能のまま体が向く方向へ走った。


は小4の頃から入院してるって言ってたけど、立海大附属病院に来たのは中1になってからだと言ってた。
だからこの辺の地形とか、よく分かってないはず。
しかもあの身体だ。
そう遠くに行けるはずはない。


頭ン中いっぱいだったのに、どこかやけに冷静で、そんな事を考えた。


ふと、病院近くのバス停が目に止まる。
勘だけど、 はそのバスに乗ったんじゃないかと思った。
あのバスは俺が病院に来るときに使うバスだ。
でも今バスは止まってない。
俺は近くでタクシーを拾った。











「ブンちゃんって、いつもどうやって病院来てるの?」
「あぁ、病院近くのバス停見えるだろぃ?あれ乗ってる。」
「良いなぁ・・・。バスって乗ってみたい。バスでどこに行けるの?」
「んー、立海大前とかテニスクラブ付近とか。終点は行ったことねぇから分かんねぇけどさ。」
「そっかぁ・・・・。」







前に、こんな会話をしたことがある。




「おじさん、立海大まで!急いで!!」

















立海大に着いた。
学校はテスト前だからほとんどの部活が終わってて、いつもの活気はなくシーンと静まりかえっている。
俺はそこから走ってテニスクラブに向かった。
がいる気がした。
本当に、勘だけど。
でも、そこに がいる気がしたんだ。








今日、テニスクラブは休みだ。
だけどフェンスのドアは錆びていて簡単に開く。
たまに勝手に入って練習させてもらってるけど、俺たち立海大は常連だから黙認されている。


フェンスのドアを開けるのももどかしく、飛び越えた。
テニスコートの端のベンチに、横になっている人影。







だ。






ベンチの上に横になっている を見つけた瞬間、安堵とともに心がひやりと凍り付いた。

っ!!」

名前を叫んで駆け寄る。
俺の声に反応して、 はゆっくりと目を開けた。


「ブン、ちゃん・・・?」
・・・良かった・・・っ」

をぎゅっと抱きしめる。
風に当たって、身体は冷えていた。



「本物の、ブンちゃんだぁ・・・。」

の指はそっと俺の顔に触れた。

、何で病院抜け出したんだよ・・・。どうなるか分かんねぇのに・・・。」
「私ね、寂しかったの。夢でいつも会えるのに、目が覚めたらブンちゃんはいないの。寂しくて寂しくて、気付いたら病院抜け出してた。ブンちゃんに、会いた かった。」
・・・。」
「ブンちゃん、大好きだよ。」





が愛おしくて。愛しくて。
一筋、頬に涙が流れた。
をぎゅっと抱きしめた。
もう離さない。


俺は、ずっと の側にいる。








2007.1.3