歩いて。走って。
喋って。笑って。泣いて。


当たり前だけど、難しい事。
















○●両手のぬくもり














病院って言うところは、凄く速いスピードで流れていく世間から取り残されたように、ゆっくりと時が流れる。
時間がない時間がないと思っていたのに、実はこんなに時間があったんだってふと思ったり。
あっという間に過ぎていた1日がとても長く感じたり。
色々な事を考える。





・・・・・もう、俺はコートに立てないんじゃないかっていう不安をいつも抱えながら。





でも弱音なんて吐けなくて。
そんな不安も心の奥に押し込めて。



部員達を不安にさせたくないっていうのもあったけど、自分自身が表面上だけでも平気なフリしておかないと本当に不安で押しつぶされそうだった。





特に、夜は怖かった。
眠って、このまま目が覚めなかったらどうしようって、いつも思った。
いつ俺の体の筋肉が動かなくなるかだって分からない。
眠っている間に心臓を動かす筋肉が動かなくなったら、永遠に俺は目を覚まさないだろう。



色々な事を考える。














この間、蓮二が見舞いに来てくれたときに俺たちが1年から今までのアルバムを持ってきてくれた。
俺は一人、病室のベッドにもたれ掛かりながらアルバムを広げる。
2年間っていうのは本当に大きい。
写真の中の幼い俺たちが笑っていた。
ラケットを握って、ボールを追いかけて、走って。
あの頃の俺は、テニスが出来なくなるなんて思いもしなかったのに。




初めて全国大会に出た時の集合写真。
2年目の全国大会の集合写真。
そして3年目。



俺は、またあのコートに立てるのだろうか・・・・・。












コンコン

軽くドアを叩く音がした。
回診の時間にはまだ早いはずだけど・・・。


「どうぞ。」


「こんにちは、幸村君。」


控えめにドアを開けて顔を覗かせたのは、 さんだった。


「珍しいね、どうしたの?あ、椅子どうぞ。」
「ありがとう。」


長いこと入院している彼女はいったいどんな事を考えて過ごしているのだろうと、ふと思った。

「ゴメンね急に来て。ちょっと、寂しくなっちゃって。」
「今日ブン太は?」
「えっと、テスト期間だから来てないよ。」
「あぁそうか。もうそんな時期だっけ。」
「うん。ブンちゃん毎日来るって言ってくれたんだけど、それで勉強出来なくなっちゃったら悪いから。この1週間は勉強に専念してって言ったの。」
「それじゃあ良い点数取ってきてもらわないとね。」
「そうだねー。あ、でも毎日じゃなくて2日に1回お見舞い来てくれてるんだよ。」


それじゃ意味無いよねって笑う さんは、凄く幸せそうに笑っていて。
羨ましいと、思った。





「あ、幸村君それ何?」
「これ?アルバム。見る?」
「うん!!」




写真1枚1枚を丁寧に見ながら、 さんはとても楽しそうだった。




「この帽子の人、副部長さん?」
「うん。幼いけど厳つい顔してるだろ?」
「ずーっとこんな真剣な顔してて疲れないのかなぁ。」
「さぁ、どうだろうね。」
「あ、ブンちゃん発見。ケーキ食べてる〜可愛い〜。」
「良かったらあげようか?」
「良いの!?」
「うん。このときの写真ならまだ部室に行けばあるだろうし。はい。」
「ありがとう!!」



ブン太が写っている写真を、 さんは大事そうに手に取った。
幸せそうな顔。
本当にブン太の事が好きなんだなぁなんて、ちょっと微笑ましく思ったり。







「あ、幸村君見っけ。1年生の時だよね、可愛いー。」
「可愛いはあんまり嬉しくないな。」
「えー?でも可愛いもん。肌綺麗だし。このときからもうテニス強かったんだよね。」
「何でそう思うの?」
「だってブンちゃんいつも言ってるよ。幸村君は強いって。」



確かに、その頃既に俺は誰にも負けなかった。
今だって負ける気はしない。
でも・・・・


「でも、もうラケットを握られないかもしれない。」




右手に爪の後が残るくらい、ギュッと手に力を入れて握ってみる。
けれど力を入れようとしても手が震えるだけで、全然、力が入らなかった。
・・・・悔しい。





そっと、右手が さんのあたたかな両手に包まれる。


「大丈夫だよ。」


大丈夫だよ、と さんは呟いていた。
俺の右手を包んだまま祈るように、目を閉じて。
両手のぬくもりが、俺の右手を通して全身に行き渡る感じがする。
よく分からないけど、涙が頬を伝って流れた。
泣いてるわけじゃない。
それでも涙が出るのは、きっと俺が持っていた不安という氷が さんのぬくもりで溶かされたからだ。











2007.3.15