時は止まらない。
どんなに強く願っても、戻らない。
ただ、規則正しく進んでいくだけ。













○●Which・・・or・・・?














「じゃあまたな!」
「バイバイ〜。」



の病室を出てすぐ、俺は一人の女性を見かけた。
病院の先生−柳生の親父さんだけど−と一緒に、ある部屋へ入っていった。


のお母さんだ)
ほんの数回しか会ったことない のお母さん。
目元がそっくりで、後ろ姿なんかもよく似てる。
だからすぐに分かった。






追いかけてどうこうするとか考えていなかった。
ただなんとなく追いかけた。
その時は、多分、何も考えてなかったんだと思う。








「−−−−−病状は−−−手術しか−−−−−成功率は−−・・・・」


不用心に少しだけドアが開いていた。
閉めたときにカーテンがドアに挟まって、ちゃんと閉まらなかったみたいだ。
よく聞こえなかったけど、 の病気の事なんだと、そしてそれが良くないことなんだと、直感で分かった。
聞いちゃいけない。
そう思っても、体は動かなかった。
先生が淡々と話す言葉が映画のBGMの様に俺の耳に届いた。
聞いちゃ行けない。でも動けない。










さんの寿命はあと−−−−−−」




その瞬間、俺は走り出していた。
歩いてきた廊下を。
途中で何人かとぶつかりそうになった。
ただ、走った。










の部屋へ。




















バタンッ




勢いで大きな音を立ててドアを開ける。
は吃驚して俺の方を見た。







混乱して上手く呼吸が出来ない。
テニスをしている時よりももっともっと苦しかった。
体も・・・心も。






は知ってんのかな。
自分の命が、あとわずかだって事を。
もう本当に、短いって事を。





「ブンちゃ・・・?」
っ。」




俺は をぎゅっと抱きしめる。
細い身体。
簡単に折れてしまいそうなくらい。
消えてしまいそうで、怖かった。






・・・っ。」



涙が頬を伝って、シーツに染みを作る。
泣きたいほど辛いのは の方なのに、苦しいのは の方なのに、俺は涙が止まらなかった。
を守ってやらなきゃって思ったくせに、結局、俺は無力で。何も出来ない。







・・・ 、嫌だ・・・っ。」


ガキが駄々をこねるように、ただそう言い続けた。
その間、 はずっと俺の頭をそっと撫でていた。





そして、「大丈夫、大丈夫だよ。」と。
俺にも自分にも言い聞かせるように呟いた。




神様は意地悪だ。
は、もっと・・・もっと生きていいはずなのに。





















どれくらいこうしていたか分からなかった。
俺は泣きやんだけど、誰かさんみたいに目が真っ赤になってるだろうし。
泣いてた時は何も考えてなかったけど、今になって恥ずかしさが込み上げてきた。
それで、未だ俺は顔を伏せたまま。




はゆっくりと俺の頭を撫でていた。
また、泣きそうになった。







シン・・・とした沈黙。
少しして がゆっくりと話し始めた。


「いつ死ぬのかわからないのと、いつ死ぬのか分かってるの、どっちが怖いと思う?」
「・・・・。」







考えたことなかったから、答えられなかった。
死がいつもそばにいる生活。





「人はね、終わりがあるから頑張れるんだよ。終わりが見えてるから、私はその終わりまで精一杯生きようって気になれるの。」
・・・先生に聞いたのか?」
「ううん。でも、分かるの。自分の体だもん。終わりが近づいてる事は、分かってるの。」




俺はもう1度、ぎゅっと の体を抱きしめた。
少しでも の体温を感じたかった。
優しい声。暖かい。






「前は死ぬの怖くなかったの。人はいつか死ぬものだし、それがいつなのか分かってるだけだから。
それに体がしんどくてキツイと、生きるのがしんどくなっちゃう時もあるの。」
「・・・・」
「だけど最近はちょっと怖い。私はここからいなくなるんだなぁって思ったら。」
「・・・・」
「私がここで生きてたことも、だんだんみんなに忘れられていくんだって思ったら、ちょっと・・・悲しくなった。」






の声が震えていた。
今度は俺が、 の頭をゆっくり撫でた。
俺はそうやってもらって不思議と安心したから。
変な表現かもしれないけどさ、何て言うか、お母さんに甘えるって感じだ。







「でもね、いつ終わりが来るか分かってるのならその分有意義に過ごせると思うの。時間が無限にあったら人は何もしないもの。
私は、ブンちゃんと何気ない会話して、笑って、散歩して、いつも通りに過ごしたい。」




俺は の言葉から力強さを感じた。弱さなんて微塵も感じない。
がこんなに輝いているのは、きっと、こんなに健気で真っ直ぐ生きてるからだ。
命と”今”の大切さを1番分かっていて、一生懸命生きているからだ。













「俺は、俺はもっと・・・ の為に何かしたい。守ってやるって言ったのに俺の方が守られてる感じだし、ホント俺何にも出来ないけど。
の為に・・・何かしたい。」
「じゃあね・・・笑って?ブンちゃんに泣き顔は似合わないよ。ブンちゃんが笑ったら私も笑顔になれるから。だからね、私に笑顔を下さい。」




ふわり、と笑う を見て俺も自然と笑顔になった。
この笑顔をずっと見ていたい。
のそばにいたい。













切に、そう願った。









2006.10.28