夏の終わり頃。
そうは言ってもまだまだ気温は高く、日はジリジリと容赦なく照りつける。
夏の終わりを知らせるのはヒグラシの鳴き声が遠くから聞こえてくることだろうか。
少し・・・寂しい気持ちにさせるヒグラシの声。











炭酸ジュース











夕方になってサッカー部の練習は終わり、3軍の片付けも終わり、自主練をする者の姿がなくなったグラウンド。
西に傾いた夕日だけが無人のグラウンドを優しく照らす。
サッカーゴールの裏側にある校舎へ続く階段に、Tシャツと反パンだけのラフな格好をした藤代が座っていた。
手には炭酸ジュースの入った缶を持って。
学校に設置してある自動販売機に売ってあるジュースは安くて好評だ。
藤代は買ったばかりのジュースを開けず、プルタブに指をかけ何度もカチカチと音を鳴らしていた。






ヒグラシの鳴き声。
無人のグラウンド。
プルタブの金属音。






藤代は最早意志とは関係なく、指だけが機械的にプルタブを動かす。
ぼんやりとグラウンドを眺めて。

















そんな藤代の姿を、笠井は寮の自室から見ていた。
つい先ほどまで次期部長である笠井は渋沢から部長としての役割や仕事内容の説明を聞いていた。
当然自分より先に藤代は部屋に戻ってお菓子でも食べているか、部屋にいなくても走り回っているだろうと思っていたのだ。
しかし笠井が部屋に戻ってみると、そこに藤代の姿はなく。
電気も付いていない。
普段ならどこかへ遊びに行くときにも電気を付けっぱなしで、それをいつも怒るのも自分の役目だったのに。
不思議に思いつつ誰もいない部屋に入る。


そして自分の机の横にスポーツバッグを置いた。
綺麗に整理整頓されている笠井の机と、対照的な色んな物が山積みになり今にも雪崩がおきそうな藤代の机。
自分のスポーツバッグから今日の部活で汚れたジャージを取り出し、ふと窓を見る。




するとそこには、今自分が考えていた人物。


「誠二・・・・?」


見慣れているはずのルームメイト。
けれど、一瞬それはまったくの別人にも見えた。
建物の影に隠れて表情はあまりよく見えない。
だがいつもと違う雰囲気を漂わせていた。そんな気がした。
部活着ではないので、1度部屋に戻ってきているのだろう。
さっきは気付かなかったが、藤代の机の横に乱暴に置かれたエナメルのスポーツバッグがあった。






何か、違う。いつもと。何か変な感じだ。違和感を感じる。








暫く窓から藤代を眺めていたが、汚れた服を洗濯機に入れるという日常的にな行動を再開する。
服を持って部屋を出ようとしたが、開いていない藤代のスポーツバッグに目がとまり足を止めた。
きっとまた洗濯していないのだろう。
溜まりに溜まった服の山。
「ヤッバー、俺そろそろ体操服かもー。」と言っていた事を思い出す。
ついでに一緒に洗濯しといてやろう。
いつもはこんな事しないけど。



ただ。今日は何となく。

















藤代は一旦指の動きを止めると、今度は一気にプルタブを引いた。
パカッと音がする。
炭酸ジュースを、ゆっくりと自分の口の中に流し込んだ。
ヒリヒリと、舌に炭酸の感触。
二酸化炭素の感触。ちょっと違うかな。


「・・・・ぬるい。」


買ってから少し時間が経ったのと、夕日に直接当たっていた事もあり冷えていたはずの炭酸ジュースはぬるくなっていた。
一口飲んで、缶を下ろす。
膝の上に腕を真っ直ぐ置き、両手で缶を握りしめる。
手を軽く上下に振りながら缶を揺らした。


カチカチという金属の音の次は、ちゃぽちゃぽという水音。
少し大きく動かすと、缶の口から時たま滴が飛び出した。





ヒグラシの鳴き声。
無人のグラウンド。
炭酸ジュースの水音。




缶に付着していた水滴と、缶の口から零れた水滴で藤代の足下には小さなシミが出来ていた。
ぽたぽた。
手にも流れる水。

















「誠二、そんな所で何やってるの。」
「あ、タク。」


藤代の後ろに笠井が立っていた。
藤代は首だけ後ろを向き、いつもの人なつっこい笑顔で笠井を見る。


「さっきからどうしたの?なんか変だよ、今日の誠二。」
「そうかなー。って、いつもの俺ってどんなの?」
「バカで走り回ってる騒がしいヤツ。」
「うわ、それちょっと酷くない?」
「ありのままを言っただけだよ。」
藤代はえー、と良いながら頬を膨らまし、そして笑っていた。
笠井は藤代の横に座る。


「ここから、何か見えるの?」
「んー。なんか、広いよなぁって・・・思って。」
「何が。」
「グラウンド。あと数日、全国大会が終われば3年生引退じゃん?
 キャプテンも三上先輩も中西先輩も根岸先輩も近藤先輩も高田先輩も大森先輩も辰巳先輩も・・・みーんなこのグラウンドからいなくなって。
 そしたら、ここスッゴイ広くなるんだよなぁ・・・。」
藤代はグラウンドをじっと見ながら、呟くように言った。



日はかなり沈んで、1日のうちで1番大きくなっている。
オレンジ色。辺り一面。
校舎もグラウンドも、藤代も笠井もオレンジ色に染まっている。
笠井は、そんな藤代の横顔を黙って見ていた。









そして、
「バカ」の一言とおでこに1つデコピン。
いったー、何すんのタク!と反論する藤代を軽く無視し、言った。
「誠二らしくない。引退したって高等部に上がったって、先輩達部活には顔出すに決まってるよ。特に三上先輩とか、キャプテンとか。
 先輩達と少しでも長くプレーしたいなら、勝てば良いことだろ。」
さらさらと紡ぎ出される笠井の言葉を聞き、少し俯きながら藤代は「そっか・・・。」と呟く。



次に顔を上げた時は、いつもの明るい笑顔だった。
「そうだよな!勝ち進めば良いだけか!全国大会まで!!」
「狙うは優勝?」
「もっちろん!!あ、タク炭酸飲む?」
「いらないよそんなの。」
「じゃあ飲んじゃお・・・わ、更にぬるい・・・しかもなんか甘。」
炭酸の抜けた甘い水は、藤代の喉を潤す。
少し顔をしかめながらゴクゴクと勢いよく飲み干した。
空になった缶を、ゴミ箱へ向かって蹴り上げる。
ガシャン、と音がして缶はゴミ箱の中へ入っていった。



「よし!ね、タク。サッカーしよ!」
「は?さっき部活終わったばっかり、しかも着替えたんだけど。」
「細かい事は気にしなーい。ホラ行くよー!」


藤代は笑顔でグラウンドへ駆けていく。
体育倉庫へ消えた姿はすぐにサッカーボールを抱えて出てきた。
早く早くー、と催促する藤代を見て、笠井は口元を綻ばせた。






やっぱり誠二はあぁやってはしゃいでる姿が良い。
たまにうっとおしい事もあるけど、誠二は武蔵森のムードメーカーだ から。
笑顔でいて。
悩み事なんて抱えないで。
もし悩み事があるなら、俺が聞くから。



なんて。本人には絶対言ってやらないけど。






ヒグラシの鳴き声。
二人だけのグラウンド。
空になった炭酸ジュース。













炭酸飲みながら思いついた話。
悩みなんてない(ニンジンを食べろと言われること以外で)藤代君の悩みを私なりに考えてみました。
だからちょっと雰囲気ちがうけど。
まぁ、こういう藤代もありという事で。
最初藤代を三上にするか悩んで、藤代に決まった後は笠井を三上にするか悩んで。
結局藤代と笠井の話にしました。
あ、私は中西&根岸を3年設定に、藤代と笠井を同室にしています。悪しからず。

2006.8.18