当たり前の事を当たり前だと思っている間は、いつまでも当たり前が続くと思っていたんだ。


当たり前じゃなくたって初めて気付くその大切さ。


遅いよね。














白い月(前編)












その日の午後、俺は俺以外に誰もいない家のリビングで一人読書をしていた。
静かな空間を破ったのは一本の電話音。




Prurururu......




開いていたページにしおりを挟み、パタンと本を閉じる。
本を座っていたソファに置いて電話を取りに行った。


「はい郭です。」
「あ、もしもしヨンサー?僕だよ〜。」
「・・・僕なんて人知りません。」
「つれないなぁもう。」



電話先の相手は、1つ上の俺の従兄弟。
機械越しに聞こえるのはいつもと同じハイテンションの声。





「それで、潤慶何の用?」
「あれ、僕の事分からなかったんじゃないの?」
「切るよ?」
「わーごめんなさーい。」


はぁ、と小さくため息をついて受話器を持ち直す。
ちらりと壁に掛けてある時計を見ると5時半を指していた。






「ねぇヨンサ。リビングの窓から外見て。」
「外?」


電話は本体ではなく子機を取っていたのでそのまま窓へと向かう。
朝や夕方には部屋の中だ太陽の光でいっぱいになるように作られた、少し大きめの窓。
窓辺に立つ。
外を見る。
その瞬間、指は受話器の「切」に伸びていた。




「潤慶・・・。」
「やっほーヨンサー♪」


窓の外にいたのは、紛れもなく俺の従兄弟。
電話で話していた相手。
















「う〜ん、この家も変わらないね〜。」
「リフォームしない限りそう簡単に変わるわけ無いでしょ。それより、来るなら前もって連絡してっていつも言ってるのに。」
「連絡したよ?」
「いつ。」
「今。」
「それは連絡とは言わないの。」


俺の家の前には公衆電話がある。
潤慶はそこから俺の家にかけていた。
本当に、いつも来るのは唐突。






「おじさんとおばさんは?」
「仕事。今日は帰らないって。」
「え、じゃあ僕とヨンサの二人っきり?」
「そこ、紛らわしい発言をしない。」



潤慶はソファに寝転がっていた。
昔からのお気に入りのソファ。
えーつまんないよー、という言葉を無視して台所へと向かう。
気付けば6時を過ぎていた。
そろそろ夕食の支度しないとね。
今日のメニューはプルコギと、野菜サラダ。





「ヨンサ、さっきまで何してたの?」
「読書。」
「コレ?」
「そう。しおり抜かないでよ。」
「ゴメン。」
「・・・バカ。」


本の間からヒラヒラと落ちていく紙のしおり。
それを、潤慶は寝転がった体制からパッとキャッチした。


「・・・コレ僕がプレゼントしたしおり?」
「そうだったっけ。」
「うん。ヨンサ使ってくれてたんだ〜。」
「もらった覚えないけどね。」
「あ、それちょっと酷くない?」



もらった覚えがない、事もない。
ただ素直に肯定するのが癪だっただけ。
そう大きくないサイズは文庫本でも使えるし、そう太くない厚さだから本に変な型がいく心配もない。
小さい時。本当に小さい時に潤慶が拾った紅葉の葉。




「僕も何か手伝う〜。」
「当然でしょ。何もしないでご飯食べさせないよ。」
「ヨンサ姑みたい。」
「食事抜きにする?」
「わーごめんなさーい。」


さっきも同じ謝り方したよね、なんて思いながら野菜サラダを作っていく。
潤慶は棚からキムチを取り出していた。


「それ、まだ出来てないよ。」
「そうなの?」
「手前に赤い蓋のがあったでしょ。」
「手前ー?あ、コレ?」
「そう。つまみ食い禁止。」
「はーい。」


返事だけは良いけど、俺は2・3回つまみ食いしたの見たからね。














夕食が終わり思い思いの時間を過ごす。
俺はソファに座り、本の続きを読む。
幸い途中のページはすぐに見つかった。
俺が座っている前にあるソファには潤慶が寝転がっていた。
特に何もすることなく、ゴロゴロ。




「ねーヨンサー。」
「何。」
「僕暇ー。」
「自分で暇つぶし見つけて。」
「ねーヨンサー。」
「何。」
「サッカー雑誌ない?」
「そこの本棚。」
「ねーヨンサー。」
「何。」
「テレビ付けて良い?」
「音量小さくするなら。」
「ねーヨンサー。」
「潤慶しつこい。本に集中出来ないでしょ。」
「んー。」



潤慶は顔をソファに埋め、足をゆっくりパタパタと動かしていた。
窒息死するよ、と言ったけど「んー。」と曖昧な返事。
サッカー雑誌ない?って聞いたくせに取りに行かないし、テレビ付けて良い?って聞いたくせに動かない。
いつもと少し、様子が違う。



「潤慶、風邪引いた?」
「んー。そうかもー。」
「もう寝たら?」
「・・・・ねぇ、ヨンサ。」
「今度は何。」





「僕がいなくなったら寂しい?」





「急にどうしたの。」
「ねぇ、寂しい?」
「・・・別に。韓国帰ってもどうせすぐ会えるでしょ。」


「・・・・そうだね。僕寝る。お休み。」
「お休み。」





本に顔を向けたまま言葉を交わす。
だから、このとき潤慶がどんな顔してたかなんて、全然知らなかった。
潤慶の言葉の意味だって、何も....。














初カップリング・・・だけどカップリングぽくない。
寧ろ「NOVEL」でもいけた気がする。
しかもやたらと長くなってしまった。
あと1話です。

2006.9.30